「愛別離苦」とは仏教用語で、
愛する人や物と別れる苦しみのことを言うそうです。
人生で誰もが避けられない苦しみを4つに分けたものを「四苦」、
さらに4つを加えて「八苦」と言うそうで、
現在でも使われる「四苦八苦」という言葉の淵源とのことです。

昨日実家で飼われていた猫が亡くなりました。
19年前、私がまだ独身で、両親と共に暮らしていた時です、
とあるご縁で猫の赤ちゃんを貰い受けたのです。
それが昨日亡くなった「ララァ」でした。
シルバーのアメショに似た美しく可愛い、
やんちゃで気の強い女の子でした。
満18歳まで生きたわけですから、
人間に置き換えれば90歳を超えた大往生でした。

私が連れてきたので、それはそれは可愛がりました。
ララァもとてもなついてくれました。
引っ越しも経験し、様々なドラマがありました。
結婚して妻の荷物が部屋に入りだした時は、
ララァは私の部屋には一切入ってこなくなりました。
それでも一つ屋根の下、仲良く楽しく暮らしていました。
捨てられて死にかけていた「クロスケ」を連れてきた時は、
ララァは受け入れてくれませんでした。
好き嫌いがはっきりした性格だったんですね。
私たち夫婦に初めての赤ちゃんができた時は、
ララァは興味津々に近寄ってきていました。
そして、仕事で私たち家族が家を出る時に、
私たちはクロスケを連れていくしか選択肢はなく、
ララァは実家でそのまま暮らすことになりました。
全ては縁の問題だと思っています。
これも一つの運命なんですよね。
実家といってもすぐ近くですし、
実家に行けばララァに会える、
それが当たり前のことでした。

数年前から体が弱りだし、外へも行かなくなりました。
両親は最後の最後までララァを大切に大切にしてくれました。
感謝の思いしかありません。
昨日は朝から電話をもらい、今日は危ないかもとのことで、
朝からしばらくララァと一緒にいさせてもらいました。
求めてきたのでしばらく膝の上で抱っこしました。
その後は何度も発作を繰り返しました。
辛くても、最後まで見届けたいとの思いで付き添っていました。
どうしても仕事のため昼から出かけ、
夕方もう一度会いに行こうと思っていたところ、
18時ごろ父から電話があり、息が切れたよとの知らせでした。
両親と弟夫婦が看取ってくれました。
着替えて出ようとしていた矢先のことでしたので、
家族みんなですぐさま向かいました。
ララァの体は冷たかったけど、まだ柔らかかったです。
体が硬くなるまで、みんなで何度もなでなでをしてあげました。
母が体にタオルをかけ、奇麗なお花で飾ってくれました。
そして、今日の朝、火葬にしてもらいました。
骨を一欠けらもらい受ける予定です。
ララァと私たち家族と一緒に暮らす、
叶わなかった願いがようやく叶います。

ペットも家族だよと、多くの人が言いますが、
それは私も全く同じ気持ちです。
自分の子供となんら変わりはありません。
猫ではありますが、18年の歴史があります。
彼女のかけがえのない人生だったと思います。
尊い人生だったと思います。
生命が生まれ変わるものなのであれば、
次はぜひ人間になって、また私たちの元に来てほしい、
素直な願いです。

ララァちゃん、
18年という長い人生を、
私たちの人生と共に生きてくれて、
本当にありがとう。
本当にありがとう。
お疲れさまでした。
また会いましょう。


S.P.S長崎販売促進サービス:林田